最高にやる気が出ない…

今人生の絶頂期の反対側にいる気がします。まあまだあのころと比べると壮絶ではないですが.

しかし事態は深刻な状態なままです。このピンチをチャンス変えることが出来たら、この先どんなことがあっても苦難を乗り越えられる気がします。

あの時自分を客観視できていなかった、自分にはこの事態に気づくまで遅すぎました。こんな状況になったからこそ事態の深刻さに気付くことが出来ましたが、あまりにも自分が浅はかな思考だったことが容易にわかります。

まあ、自分を責めたところで得られるものはないです。悲観するのではないです。楽観するのでもないです。現実を受け止めるだけでいいのです。現実を受け止め次の行動に移すのです。悲しんでいる暇はありません。

辛い苦しい現状誰かに助けてもらいたい、しかしその助けを求めたところで最終的に行動に移すかどうかは自分次第なのです。少しの安心感浸かっていたい気持ちはわかりますが、何もできずにそのまま慰め続けられるでしょうか。

私の性格は歪みにゆがんで人の心を素直に信じられずにはいられません。裏切られた、実際には私の思い込みでしょうが…私の自意識過剰が暴走し、今でもその記憶が奥底に眠っているせいなのかそのせいで人との会話には一定の距離をとって話す。

ゆういつ心を許したものにだけ本音で話す。これが当たり前でしょう。もうすぐ私の職がなくなってしまい稼ぎがなくなってしまいます。生活するうえで必要不可欠所得が0とはとてもいい状況とは言えません。ただし、大学生と考えればまだ気持ちは緩和されるでしょう。

実際学校に行かずにも簡単に学べる教材があるのですから、行くことは不必要です。自宅で学ぶことができれば、通勤費としてのガソリン代も電車で揺れることもありません。

そう簡単に自宅で学ぶことができれば、苦労はしません。家にいれば学び放題でもあり遊び放題でもあるのです。学校では学ぶことしかできませんが(例外はありますが…)家ではだらだらと過ごし一日の大半を無駄に過ごしがちです。そこで自分の意志力です。

まあ、これは意思がどうとかより習慣化すれば済む話ですが、その習慣化も一週間一か月と長く続けばやめることのできないむしろやめるほうが難しくなるという生産性を築きに築き上げればその生産性を崩すことは難しくなってやめることができなくなるていにしてしまえば…。

と結局何の話をしていたのか…不安を語っていたらよくわからん話に

以上ですでは~